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僕の好きな料理のひとつに「鍋」があります。寒い日にアツアツの鍋を家族や友達と食べることは最高に幸せです。
なべの語源は「肴瓮 (なへ)」だといわれています。肴はさかな、瓮は土焼きの「かめ」のことです。土焼きの器でものを煮たところから、「肴瓮」という言葉が生まれ、「堝」の字が当てられるようになりました。時代が下ると、鉄器の普及によって金偏になり「鍋」という字が生まれたといいます。『和名抄』(日本初の漢和辞典 930年頃)では土偏の「堝」、金偏の「鍋」が書き分けられています。
家族や親しい友人とひとつの鍋をつつくのは、日本ならではの温かい情景として定着していますが、皆が同じ鍋の料理を共に食べるという鍋物料理のライフスタイルが一般化したのは、そんなに古いことではありません。身分制度がはっきりしていた時代は、夫と妻、親と子の間でさへ、食事の場所やメニューが別々でした。
わたしたちがイメージする、現代スタイルにより近い『鍋』になったのは、江戸時代の半ばのこと。江戸の人口は100万人を突破し、町民は長屋で暮らすようになりました。
そこで重宝されたものが『七輪』。持ち運び便利な七輪は、狭い部屋の中で暖もとれるし料理もできる、長屋に暮らす人々は酒を酌み交わしながら、アサリや豆腐を入れた小鉢を食べていました。ひとつの鍋を数人で囲み、自由に食べながら楽しく時間を過ごす、現在と同じスタイルの『鍋』が登場したのです。
今がガスコンロが普及し便利になりましたが、昔と変わらず、皆でわいわいおしゃべりしながらつつく鍋が僕は大好きです。
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